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天に代わりて不義を討つ

歴史修正主義に反対します。難しいことをやさしく、わかっていると思うことを深く追求して書きます。議論を通じ、対話を通じて真実を求めます。

橋下、海外に向けてもごまかし、すりかえ(4)

―石原さんとこの問題を話したと思います。その際の報道を見ていると、戦争について謝罪をしたことを間違っていたというような発言をされていた。

第二次世界大戦が、日本の侵略戦争だったのか。(韓国併合は*)韓国への植民地政策だったのか。これは日本の政治家が色々と議論しているところでもあります。 (*括弧内の
言葉はこれを入れないと意味が通じないので筆者が足しました。)

これは歴史家が議論すべきところかなと思います。国を代表する政治家は侵略であったということを認めなければならないと思います。国を代表する政治家は、韓国へはあれは許されない植民地政策だったと認めなければなりません。

これはいい。

それを否定するとなると、戦勝国側も多大なる国民、兵士の命を落とした中で、生まれた結果ですからとても納得できないと思います。歴史家の議論は別として、国を代表する政治家は第二次世界大戦の責任をしっかりと認識しなければいけないと思います。

そして、周辺諸国に多大な損害と苦痛を与えたことをお詫びしなければいけないと考えています。ただ、石原代表は、やはりそういう考えとは異なる見解を持っています。ここは戦争時代をまさに生きてきた人と、戦争が終わった後に生まれ育ってきた環境の違いもあるのではないか。

これは敗戦国としては大変難しい問題です。戦争当時、生きていた人は国がやっていることは絶対に正しいという思いで戦争をやっていたのだと思います。日本国民の多くは侵略だったことを認め、反省していると思います。

し かし、1億2千万人全員が同じ考えになるというのも民主国家として難しいと思います。皆さんに申し上げたいのは、過去の戦争の責任を蒸し返すような議論を 我々世代の政治家がしてはいけないと思います。第二次世界大戦について、日本の正当性にこだわるよりも、より良い世界に、未来を考えてくことが我々の世代 の政治家の使命だと考えています我々の世代の政治家は、過去を直視し、未来に向けて力を注いでいくべき。

(一部省略)

1億2千万人全員が同じ考えになることはないのは同意。しかし、「日本国民の多くは侵略だったことを認め、反省している」という認識の橋下共同代表が石原のこうした見解を容認するのは筋が通らない。過去の戦争責任は慰安婦問題に見るように現在もまだ、継続中であるのだから戦争責任の前提となる、侵略戦争であったという認識を持たないものを同じ党内で認めるというのがおかしい。



―G8に期待しているというお話がありました。具体的に何を期待していますか?
(略)

―2012年8月24日に「河野談話を否定すべきだ」と述べています。軍の強制性については


これも核心的な論点ですね。河野談話に書かれている事実について変える必要はないと思います。しかし、表現についてはもっと付け足さなければいけないと考えています。表現については、「修正」というのか、「明確化」というのかは、これは言葉の問題かなと思います。

河野談話を否定すべきだ」というのは書かれている事実が間違いだ、という理由以外にありえない。「事実について変える必要はない」という今の意見とは明らかに異なる。
「表現を付け加える」ということは出来ない。どうやら「事実」を付け加えるつもりなのだろう。
そして「事実」を付け加えるといいつつ、これを「修正」と呼んでも「明確化」と呼んでもいいと言っているのはやはり書き換え、否定を志向しているのである。
もって回った言い方をしてもいるが、要するに河野談話を修正したいと言っているのである。

まさに「強制性」という点について、もっと丁寧に記載すべきかなと考えています。多くの慰安婦の方が、自らの意志に反して仕事をしていたことは間違いないでしょう。これは、間に民間業者が入っておりますので、その間に大変厳しい状況、慰安婦の方にとっては苦しい状況があったということは間違いないでしょう。

「強制性」自体は認めている発言のようだが、ではそれは誰が強制したのか。民間業者単独では慰安婦の移送はできない、慰安婦が仕事を拒否したときに暴行を加えたのも軍であり、慰安婦が逃げ出そうとしたとき阻止したのも軍だろう。

(略)